【和歌山県体育協会の創立】
(昭和七年六月九日)
 県体育協会史の発刊に当り、本会の創立年月日について調査したところ、昭和7年6月9日であることが判明した。
 初代役員は、総裁に唐澤俊樹(県知事)、会長は連修(県学務部長)、副会長には杉山俊郎(県学務課長)、奥源次(和歌山中学校長)、理事には県体育主事の尾城丑太郎他12名である。
当時の議事録等の資料は戦災により焼失しており、手懸りとしては、昭和7年6月11日発行の大阪朝日新聞の記事の他になく、次のとおりである。
 
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【縣體育協會いよいよ設立】
野球統制の規定も制定
役員の顔觸れ決す

 多年の懸案となって難産をつづけていた県体育協会は文部省の野球統制実施によって設立の必要に迫られ、九日創立総会を開いた結果つひに新しく生れ出た。
この体育協会は県下の中等学校、郡市教育会、郡市青年団および各種体育団体を網羅して会員組織とし各種体育団体の連絡統一を図り県民体育の健全なる普及発達を目的とし、特に県下の野球統制権はこの体協の手に握られるのであって、
創立総会は午後一時半から県参事会室で開会、郡市教育会長、青年団長、中等学校長その他体育関係者四十五名出席、会則、予算を議決し、
役員は総裁唐澤知事、会長連学務部長、副会長杉山県学務課長、和中奥校長に決し、△陸上競技部△柔道部△剣道部△野球部△庭球部△相撲部△水泳部△排籃球部△蹴球部△卓球部△体操部△弓道部の十二部
を置くこととし理事十三名を左の如く選定した。
県体育主事尾城丑太郎、学校衛生技師高石新次、社会教育主事渡辺多右衛門、和中阿部源三郎、和高女藤村清一、和商原川五郎、和中阿部恕、和商東山健之助、海草松野三郎、角野唯夫、花岡堅吉、村上豊房、高尾英道
これによって引続き第一回の理事会を開き「速やかに各部を組織し活動を開始すること」を申合せたが、野球統制については種々意見が出て文部省の統制案に基づき本県の野球統制に関する規程を制定することとなり午後四時半散会した。
大阪朝日新聞 昭和7年6月11日
 
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 全国都道府県の体育協会創立の状況であるが、山口県体育協会が大正5年12月10日の創立で一番早く、大正時代には全国で11の県で体育協会が発足している。さらに、昭和6年5月には、東京、大阪、京都、愛知、神奈川、茨城、宮城、和歌山、長崎、佐賀、北海道を除く36県に設置されている。
 文部省では体育運動団体の統制連絡を実施するため、各府県単位の体育協会設立を奨励しており、昭和5年度からこれ等に対して補助金を交付してこれが発達に貢献していた。
 和歌山県体育協会が創立した昭和7年6月は新聞記事からも“多年の懸案となって難産をつづけていた”とあるように全国の設立状況から見ると遅れていたと見られる。
 
初代役員
総 裁 唐澤 俊樹 県知事
会 長 連   修 県学務部長
副会長   杉山 俊郎 県学務課長
奥  源次 和歌山中学校長
理 事 尾城丑太郎 県体育主事
高石 新次  学校衛生技師
渡辺多右衛門 社会教育主事
阿部源三郎 和中(柔道)
藤村 清一 和高女(排球)
原川 五郎 和商(排籃球)
阿部  恕 和中(陸上競技)
東山健之助 和商(剣道)
松野 三郎 海草(蹴球)
角野 唯夫 海草(水泳)
花岡 堅吉 海草(野球)
村上 豊房 海草(相撲)
高尾 英道 海草(庭球)
 
【野球統制令公布
(昭和7年3月28日)

 当時の中等学校野球は和中、海草、和商の三すくみで、世は正に野球狂時代といわれ、県予選のビッグ・ゲーム当日は全市の商売人は仕事に手がつかず新聞販売店の前は黒山の人だかりで大変な騒ぎになったという。
 全国的選抜大会が十を数え、有名校はギャランティを貰って引張り凧となり年間試合数は60回を越え、遠征に次ぐ遠征の為選手も過労気味となる状態であった。
 全国各地に招待野球が催されそれに伴って弊害が頭をもたげてきたので学生野球を正しく伸ばす為に自粛統制が必要であるという声が聞かれるに至り、文部省が有識者を集めて体育運動審議会を設けスポーツの統制に乗り出した。

一、 他府県チームとの試合は府県体育団体の公認を得ること。
二、 出遇いの試合禁止(例 電鉄球場など。但しこれは後日緩和された)
三、 遠征範囲の制限(例 近畿地区内)
四、 試合数の制限等

 ここにおいて、府県体育協会が野球統制の権限を持つ団体として設立を促されていた当時の状況がある。

【県中等学校長会の役割

 和歌山県体育協会の設立に関し中心的役割を演じたのは県中等学校長会であった。師範学校令、実業学校令、中学校令の改正に伴って本県でも学科及び教育の根本方針にも大変革が行なわれることになり、これを具体的に協議するため県下中等学校長会が開催された。
 各学校からの提出問題の協議のあと県学務部はかねてから懸案となっていた体育協会設立に関する件を提案し、設立することを決定するとともに、会則の原案を次のように決定した。
 
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【会 則】

 一、 本会は和歌山県体育協会と称す。
 一、 本会は県下中等学校、郡市教育会、郡市青年団ならびに本協会の趣旨を翼賛したる各種体育運動団体をもって組織す。
 一、 本会は県下各種体育運動団体の連絡統一をはかり、県民体育の普及振興を期することをもって目的とす。
 一、 本会は前条の目的を達するため左の事業を行ふ。
  イ、 体育に関する調査研究および指導奨励
  ロ、 体育に関する講習講演等の開催
  ハ、 各種体育運動競技会の開催
  ニ、 体育に関する事業および施設の助成
  ホ、 その他体育上必要とみとむる事項
 一、 本会に左記各部を置く
  △陸上競技部△柔道部△剣道部△水泳部△相撲部△野球部△庭球部△排籃球部△蹴球部△乗馬部△卓球部
 一、 本会の趣旨に賛成したるものは会員たることを得
  イ、 通常会員  一時金三円以上を醸出したるもの
  ロ、 特別会員  一時金三十円以上を譲出したるもの
  ハ、 名誉会員  本会に功労あるものにして評議員の議決をへたるもの
 一、 本会に左の役員を置く。
  総裁一名△会長一名△副会長二名△理事若干名△評議員同△部長及幹事同△顧問同
 
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(注)創立期には乗馬部が弓道部と入れ代っている。
 県中等学校長会は昭和6年7月6日午前10時から県会議事堂において開催され、有本師範校長、奥和中校長、松扉和高女校長ら四十名が出席し、県からは今吉学務部長、斉藤学務課長らが出席した。
 会議に先だち、蔵原知事の訓辞があり、「学校運動競技の現状につき顧慮すべき点如何」という知事の諮問が提出されている。
 現在でいう生徒の対外運動基準ともいうべきものであるが、和中、海草等の中等学校野球が隆盛を極め、あまりにも興行化、試合数が多くなり、過熱の傾向が出てきたためであった。
 これは全国的な問題として新聞にも大きく取りあげられているが、結果的には、昭和7年3月に野球統制令が公布されており、本県体育協会の設立もこの野球統制を実施する必要にせまられての誕生であった。
 
【昭和7年代は本県スポーツの全盛時代】

 「学校運動競技の現状につき顧慮すべき点如何」の諮問に対し、校長会から県に対して次のような答申がなされている。
 
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 一、 全国生徒に何らかの運動競技をさせること。
 一、 対外試合の度数を制限すること。
 一、 女子競技においては服装に注意を払うこと。
 一、 選手の特別優遇の弊を除くこと。
 一、 体育運動の振興と統制を目的として体育運動団体を組織すること。
 一、 適当な指導者を得るに力むこと。
 一、 体操の社会化をうながすこと。
 一、 県設運動場を設くること。
 一、 体操を尊重すること。
 
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 これを見てもわかるとおり、当時の学校体育はかなりの問題点を持っていた。
 当時すでに少年野球の弊害がマスコミにも取り上げられており、昭和6年9月16日開催のスポーツ医事研究会において「小学生においては対抗競技優勝をめざす運動競技を禁止し、体操もしくはこれに類する緩慢な運動のみを行うよう」と文部省当局に進言している。
 和歌山県においても、中等学校野球のみならず少年野球も盛んで、昭和6年8月5日から3日間早大戸塚球場で開催された第12回全国少年野球大会にA組黒江小学校、B組麻生津小学校の二校が参加し、麻生津小学校がB組で優勝しており、野球王国和歌山の基礎は固まっていた。
 また青年会主催の学童陸上競技大会も盛んで、昭和6年9月20日に和中校庭で開催された第4回県下学童陸上競技大会には有田、那賀郡からも参加し、計13校、約二〇〇人が参加している。
 さらに、昭和7年7月のロスアンゼルスで開催された第10回オリンピックには、本県から、西田修平(陸上棒高跳2位)、北本正二(陸上五千メートル)、竹中正一郎(陸上五千メートル)、前畑秀子(水泳二百メートル平泳2位)、小島一枝(水泳百メートル自由形5位、四百リレー5位)、守岡初子(水泳四百メートル自由形3位、四百リレー5位)の6名が出場し、それぞれが素晴しい成績をあげており、和歌山県にとってはスポーツ全盛ともいえる時代であった。
 
【県体育主事を委嘱】

 大正時代から昭和にかけて中等学校野球を始め各種競技大会が数多く開催されるようになり、大正13年には第1回明治神宮協議大会が開催され、全日本水上競技連盟、全日本陸上競技連盟等が続々と誕生した。
 文部省では、昭和3年に学校衛生課の名称を体育課に改称し本格的に体育を教育的に捕えるようになった。そして、昭和4年11月に「体育運動審議会」が設置され、昭和5年8月には「地方体育運動職員制」を公布した。これは、体育・スポーツを統一する機関としての体育協会の設置促進とその指導者としての「体育主事」の任命を各県に呼びかけたものである。
 和歌山県においては、昭和6年4月24日、和歌山県師範学校教諭の尾城丑太郎を体育主事に嘱託として任命した。
 尾城丑太郎は明治34年11月20日生れ、大正10年、群馬県師範を卒業、大正15年に東京高等師範学校を卒業し、和歌山県師範学校には昭和3年5月から奉職していた。
 昭和6年4月25日発行の大阪朝日新聞に尾城丑太郎が体育主事に嘱託されたことについての記事がある。
 
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 本県ではいよいよ体育主事を設けることとなり、24日、和歌山師範学校教諭尾城丑太郎氏を同主事に嘱託した。これによって、かねて計画された本県体育協会の設立について具体的に計画を進められることとなった。
 
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 体育主事とは、現在の県教育委員会保健体育課長に相当するものであるが、当時では学務部学務課に勤務し籍を置いていた。
 文部省ではこの頃、毎年一回全国の体育指導者会議を東京で開催し、体育運動団体の統制連絡を完全にするため、指導上の必要なことを協議していた。
 したがって、本県における尾城丑太郎体育主事の任命は県体育協会の創立が大目的であったと思われる。昭和6年4月24日に体育主事となり、7月6日には県体協の設立を中等学校長会で決議し、翌年の7月9日には設立総会の開催にこぎつけている。
 尾城丑太郎は昭和8年3月31日に内閣より「体育運動主事」に任ぜられ、高等官の体育運動主事となった。これは体育主事の設置を呼びかけていた政府がこれを職制として制定し、定めたものである。
 その後、昭和19年7月まで学務部で体育関係に従事し一度は学校長として出たが、昭和23年5月10日に再び教育部体育課長として体育行政に携わっており、県教育委員会制度発足(昭和23年11月1日)の初代体育課長となっている。
 尾城丑太郎が戦前の体育協会創立から戦後の混乱期における体育協会の復興にと二度にわたって係わったことは特筆すべきことであり、同氏を抜きに本県の体育行政、体育協会史を語ることはできない。
 
【県体育協会が創立するまで】

 明治、大正、昭和にかけての本県におけるスポーツの中心となったのは、県下中等学校並びに県下青年団であった。
 中等学校におけるスポーツは、陸上競技、柔道、剣道、野球、庭球、相撲、水泳、排籃球(バレーボール・バスケットボール)、蹴球(サッカー)、卓球、体操、弓道等が行なわれた。
 全国中等学校優勝野球大会は大正4年から始まり、和歌山中学が初出場、大正10年の第7回大会には和歌山中学が優勝した。
 大正9年の第2回全国中等学校相撲大会で和歌山商業学校が優勝した。
 大正8年の帝国水友会主催全国競泳大会(鳴尾)で和歌山中学が優勝した。
 このように、野球、相撲、水泳は全国のトップレベルにあった。
 また、陸上競技では棒高跳の西田修平、長距離の北本正二、竹中正一郎、水泳では二百メートル平泳の前畑秀子、百メートル自由形の小島一枝、守岡初子の6名が昭和7年のロスアンゼルスオリンピックの日本代表選手に選ばれた。
 一方、義務教育終了後の青年教育の中心は青年団を中心として実施された。
 大正4年には、青年団の設置を促進するよう訓令が出され、大正7年には青年の身体の鍛錬と体力の増進についての訓令が内務・文部両省から出された。
 
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 青年の身体を鍛錬して其の体力を増進するは国家の活力を養ふ要素たり、心身共に堅実なる素質を大成せしめ、平時並有事の秋に處し、其の本分を尽すに於て遺憾なからしめんことを要す。
大正七年五月三日

内務大臣法学博士  水野錬太郎
文部大臣法学博士  岡田 良平
 
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 このように国家的な見地から青年の身体鍛錬が求められ、剛健尚武の気風を養い、礼節や紀律の訓練を奨励した。
 和歌山県においても大正5年に県知事から「青年会網領」なる訓令が出された。
 
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 義務教育終了後ノ青年教育ヲ授ケ、以テ国民ノ智識、道徳、体格二十分ノ発達ヲ遂ゲシムメムコトヲ要ス
 滋ニ、青年会網領ヲ発布スル
大正五年一月二十七日

和歌山県知事 小原新三
 
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 青年会網領の中の「修養ノ方法」の中で「身体の鍛錬」の項は次のとおりであるが、時代を反映して「尚武ノ気風ヲ養フ」とある。
 
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【身体ノ鍛錬】

 相撲・撃剣・柔道等ノ武道、登山・遠足・運動会・体操・水泳・操舟等ノ諸目ヲ選ビ、常ニ体力ノ増進ヲ計ルト共ニ、剛健尚武ノ気風ヲ養ヒ、兼ネテ礼節及紀律ノ訓練ヲナスベシ。
 例バ撃剣ノ如キ攻撃的精神ノ鍛錬ヲ主トシ、兼ネテ礼節ヲ教エ、品格ヲ重ンジ、徒ニ勝負ノ末ニ走ルコトナキヲ要ス。
 商工業地ニ在リテハ体格衰頽ニ傾キ易キガ故ニ特ニ体育ニ顧憂スルヲ要ス。
 
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 このように国や県からの強い指導のもとで全県的に青年団が誕生し、大正12年6月
25日には和歌山県連合青年団が組織された。
 当初の青年団数は和歌山市37団、海草郡42団、那賀郡36団、伊都郡22団、有田郡21団、日高郡37団、西牟婁郡42団、東牟婁郡31団の合計267団あり、初代団長は佐竹義文県知事が就任した。
 以後、青年の体育・スポーツは青年団活動の一環として、運動会や競技会等が県下各地で盛んに開催されるようになった。
 大正12年当時の青年体育の概要は次のとおり。
 
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【青年体育ノ概要】

 一、 運動ノ種類
 角力、剣道、銃剣術、柔道、遠足、庭球、野球、綱引、登山、長距離競走、水泳、櫓漕競走、ボート、ピンポン、自疆術、国民体操、槍投、鐵弾、乗馬、体操教練、徒歩競争
 二、体育ノ方法
 体育会、遠足会、競技会、壮下体格表彰、優勝旗制定、メタル制定、運動指導者養成講演会、見学、身体検査、早起会、禁酒禁煙ノ運動、運動雑誌書籍ノ共同購入、衛生組合ノ助力
 
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 下の資料は大正13年発行の「和歌山県社会教育要覧」から転載したものであるが、同様に当時の民衆体育の状況についての資料がある。
 
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【民衆体育】

 一、 体育種目
 角力、水泳、遠足登山、野球、庭球、ランニング、乗馬、自転車、撃剣、銃剣、自疆術、国民体操、フイルド競技
 二、体育団体
  1 白揚倶楽部(庭球)明星倶楽部(野球)和楽路会(旅行遠足)素角会(相撲)其他各種団体ノ体育部ノ如キ体育団体ハ漸次普及発達ヲ見ントス
  2 和歌山市体育奨励会、伊都郡体育協会、武徳会支部水泳部ノ如キ体育競技ノ研究奨励ヲ目的トスル団体ハ漸次其数ヲ増加セントス
 三、団体的運動競技ノ機会
  学校、青年会、新聞社、工場、軍人会、各種体育団体ノ主催スル運動会ハ遂年其ノ発達ヲ見ントス
 四、体育ノ研究奨励
  1 講演会、講習会、協議並ニ研究会ノ開催
  2 体育指導員ノ設置派遣
  3 体育ニ関スル書籍雑誌ノ購読
  4 体育上ノ見学
  5 各種体育団体ノ組織奨励
  6 各種競技大会ノ開催
  7 優勝旗及メダルノ制定
  8 壮丁体格ノ表彰
  9 自疆術、国民体操ノ奨励
  10 発育優良児審査表彰会
 五、其他ノ体育施設並ニ運動
  児童保健相談所、産院、公設産婆、臨海学校、衛生組合、禁酒禁煙ノ運動
 六、大正十三年度ノ新計画
  県下体育日ノ設定
 
【戦後の復興】

 戦時中は県が中心となり戦時色の強いスポーツ行事が運営されていたが、太平洋戦争がますます熾烈となり、敵機が来襲するに至り、昭和20年8月15日、ついに無条件降伏、食糧難、用具難のため、全てのスポーツが途絶するに至った。
 戦後の復興は、昭和21年頃になってようやく始まったものの、その社会情勢も交通、食糧、施設、用具等の悪条件は、スポーツ界の復興を遅らせた。
 しかし、戦前から発足していた県下の各競技団体の関係者の中から復活の機運が芽生え、昭和21年4月には、卓球、庭球、相撲、バレーボール、軟式野球等の協会が相続いて再発足し活動を再開した。
 日本体育協会でも戦前の組織から純然たる民間団体に移行し、昭和20年11月12日に寄附行為が変更され、戦後の活動の第一歩を踏み出した。
 終戦後のスポーツ復興をめざして日本体育協会では文部省の後援を受け、第一回国民体育大会の開催を計画した。そのために、地方体育協会の設立を促進するためのスポーツ懇談会が全国13地方で開催され、本部と地方の連絡が図られた。大阪、兵庫、和歌山の三県を集めての懇談会は、昭和21年4月23日に大阪市夕陽高女で開催された。
 
【県体育協会設立委員会】

 昭和21年6月21日午後2時から和歌山市新和歌浦“南海荘”で開催された。発起人には元代議士西田郁平、県会議員出来助三郎、電気軌道会社支配人小林尚一氏らが名を連ねた。
 中央からは、北沢文部省体育課長、栗本同振興課長、清瀬日本体育協会理事長の三名が列席した。
 新発足した県体育協会では初代会長に西田郁平氏、副会長に出来助三郎、小林尚一の両氏を選任した。
 中央からの列席者を交えて、体育振興、民主団体としての発足を期し、県内の体育振興奨励並びに施設の充実を図るとともに、各々加盟体育団体、近畿地区体育協会連絡協議会、日本体育協会との連絡を図ることが話し合われ、はじめての事業として、県民待望の綜合グラウンド開設について協議、まずは和歌山市の焼跡に百万円をかけて、野球場を新設することになった。
 
【第一回役員会開催される】

 昭和21年8月31日、県庁において、郡市体育代表者会議を兼ねて、第一回役員会を開催、規約を審議したのち、秋のスポーツ行事を次のとおり決定した。
△ 第一回県体育大会兼第一回国民体育大会県予選会=一般男女、中等学校男子・九月二十二日午前十時、同女子・二十三日(和中、和工、和高女)
△ 相撲大会=国民、中等、青年校各三名、壮年個人、郡選出一名・二十九日(田辺市)
△ 学童優勝野球大会=郡市代表一校十月五,六両日(和中)
△ 文部省県共同主催国民校体練大研究会=十一月五,六両日(日高郡内)
 再発足時の規約は次のとおりであった。
 
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【和歌山県体育協会規約】

第一章 名称及び事務所
第一条  この会は和歌山県体育協会と称し、事務所を和歌山市内に置く。
第二章 目的及び事業
第二条  この会は和歌山県内の体育振興及び奨励並びに施設の充実を図るとともに各々加盟体育団体、近畿地区体育協会連絡協議会、日本体育協会との連絡を図るを目的とする。
第三条  この会は前条の目的を達成するために左の事業を行なう。
  1 県下体育団体の助成並びに連絡
  2 体育思想の啓蒙宣伝
  3 体育の指導並びに奨励
  4 日本体育協会に和歌山県を代表して加盟する。
  5 競技会、研究会の開催
  6 本県代表選手及び役員の選出派遣
  7 体育資材の需給斡旋
  8 体育施設の整備を図る
  9 その他この協会の目的達成に必要な事業
第三章 組織及び加盟
第四条  この会は県下の各種体育団体及び体育を愛好する会員をもって組織する。
第五条  この会に加盟しようとする団体又は会員になろうとする個人のある時は、理事会の審議を経て決する。
第四章 役員
第六条  この会に次の役員を置く
   会 長    一名
   副会長    四名
   理事長    一名
   常務理事   若干名
   理 事    若干名
   監 事    若干名
     前項に定めるもののほか顧問及び参与若干名を置くことができる。 
     なお、本会の目的に対する協力援助者を賛助会員とすることができる。
第七条  会長は理事会において選出する。会長はこの会を代表する。
第八条  副会長は理事会において選出する。副会長は会長を補佐し会長事故あるときはその職務を代行する。
第九条  理事長は理事の互選によりこれを定める。理事長は会長の命を受け会務を執行する。
第十条  常務理事及び理事は加盟団体から各若干名を推薦する。 
     右のほか、会長は学識経験者の中から理事会の推薦によって理事を委嘱するこ
とができる。
第十一条 監事は理事会において選出し会長がこれを委嘱する。監事は財務を監査する。
第十二条 顧問及び参与は理事会において選出し、会長がこれを委嘱する。顧問は会長の
    諮問に応じ、参与はこの会の会務に参与する。
第十三条 役員の任期は二ヶ年とする。但し、再任を妨げない。
     役員は任期満了するも後任者就任するまではその職務を行うものとする。補欠
    による役員はその残任期間とする。
第十四条 この会に書記を置くことができる。書記は上司の命を受けて事務に従事する。
第五章 会議
第十五条 会議は年二回の定例理事会と臨時理事会とする。いずれも会長はこれを招集する。
  第六章 
第十六条 この会の経費は左に揚げるもので支辯する。
      一 寄附金
      一 会費
      一 助成金
      一 事業収入
      一 その他の収入
       但し、会費は別に定める規定によって徴収する。
第十七条 この会の会計年度は毎年四月一日から翌三月三十一日までとする。
   第七章 附則
第十八条 この会の規約を変更しようとするときは全理事の四分の三以上の同意を必要とする。
 
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【和歌山県綜合運動場建設委員会】

 和歌山市内に理想的な綜合運動場を建設することを目的に、昭和21年10月に西田郁
平体協会長を委員長として、委員会が発足した。
 昭和22年9月に第一工事の陸上競技場、庭球場、排球場、籠球場が完成し、竣工記念
体育大会が盛大に開催された。
 第二工事として、野球場、水泳場、相撲場が続いて建設された。
 事業予算額は次のとおり。
一、 歳入の部
  県費補助金       一〇〇万円
  市費補助         五〇万円
  学校生徒児童寄附     五〇万円
  一般有志寄附      五〇〇万円
二、歳出の部
   陸上競技場       二〇〇万円
   野球場         二〇〇万円
   水泳場         二〇〇万円
   庭球場          二〇万円
   排球場          一〇万円
   籠球場          一〇万円
   事務費          一〇万円
 
【学校団体も加盟】

 昭和22年11月には県体育協会の加盟団体に学校団体が加わり、20団体となった。
 加盟団体は次のとおり
 
(加盟団体)   (会長・理事長)
和歌山県野球協会
  〃  陸上競技協会 
  〃  軟式庭球連盟
  〃  水上競技連盟
  〃  籠球連盟
  〃  ソフトボール協会
  〃  ラグビー協会
  〃  学生相撲振興会
  〃  蹴球協会
  〃  体操連盟
  〃  柔道連盟
  〃  庭球連盟
  〃  排球連盟
  〃  自転車連盟
  〃  高等学校体育連盟
  〃  中学校体育連盟
  〃  小学校体育連盟
  〃  体育指導者連盟
  〃  女子体育指導者連盟
  〃  山岳会
出来助三郎
雑賀豊太郎
尾野信夫
三宅慶三郎
瀬藤正一
岩田渾一
井上驍三郎
岩崎宗太郎
田中武
澤正男
織田善一
島村安彦
鈴木義雄
佐地勝義
荻野俊夫
中村国一
江川重次
南佐三
山下正子
島村安兵衛
 
【和歌山県運動用具配給委員会】
 昭和22年12月27日、運動用具の適正な配給を図るため、本委員会が設置された。委員には、主務官庁関係官六名、学校体育団体の代表四名、種目別競技団体の代表十二名、県運動用具配給取扱業者代表一名の計二十三名で構成され、事務所は県教育部体育課内に設置された。
 委員長は村上五郎(県教育部長)副委員長には西田郁平(県体協会長)が就任した。
 本委員会の取扱物品の種目別数量は次のとおりであった。
 
【本委員会取扱物品種目別数量表】

用 具 名 数 量
配給委員会設置以来の取扱品
軟式野球ボール
軟式庭球ボール
ゴム製ドッチボール
ワンアウトボール
球技用中袋四号
仝    五号
仝    六号
仝    七号
仝  ラグビー用
仝  タッチフットボール用
ラグビーボール
バスケットボール
ドッチボール
フットボール
バスケットボール
サッカーボール
バレーボール
グローブ
ミット
ファストミット
硬式野球ボール
ソフトボール
陸上競技靴
野球靴
サッカー靴
タッチフットボール
スピードボール
送球ボール
野球ユニホーム
女子指導者服
マラソン足袋
運動帽子
運動パンツ 長
仝      短
ランニングパンツ
学童幼児用運動ズボン
九五〇打
五六〇打
三一八打
五五五打
四五一個
一四九二個
一七七個
一四四個
七九個
六個
二八個
四三個
二六二個
二五個
六四個
九七五個
四六四個
五三〇個
九一個
一四個
二二打
二九〇個
五一個
六五個
五個
五個
一五個
五個
三〇〇着
六〇着
七八着
六〇〇〇個
一二九着
六二着
五四四着
三八着
指令が到着して現物を配給せざるもの
技用中袋 四号
仝     五号
仝     六号
仝     七個
仝   ラグビー用
仝   タッチフットボール用
バレーボール
ドッチボール
ソフトボール
スピードボール
ラグビーボール
タッチフットボール
グローブ
ミット
マラソン足袋
軟式野球ボール
軟式庭球ボール
ワンアウトボール
少年用ストッキング
二七四個
八六四個
四二個
五八個
二六個
一二個
四五個
三三個
四〇個
一三個
一一個
二〇個
八六個
一八個
五二足
三〇五打
二一五打
一〇五打
五〇〇足
三〇〇本
 
【県教育部に体育課設置】

 昭和23年5月に体育課が設置され、初代課長には尾城丑太郎が就任した。体育係長には金光秀一、視学事務嘱託として、小池順逸、福島薫静、体育事務嘱託として、北野喜多雄、片山敏雄が体育を担当した。
 同年11月1日から教育委員会制度が発足し、職員はそのまま引き継がれた。当時の体育課における社会体育の目標は次の二点であった。

 一、 レクリエーションとしてフォークダンスの普及奨励
 一、 工場会社職場体育機構の整備充実

社会、体育は進駐軍の要望により、特にフォークダンス及びスクェアダンスが奨励された。
 
【第一回県体育大会を開催】

 戦後、昭和21年から国民体育大会の予選を兼ねて第一回県体育大会が開催されたが、一般県民、高校生から幼稚園児まで参加する本格的な県民総合体育大会の開催が計画され、昭和25年9月15日に昭和24年に旧二四部隊跡に竣工した県営グラウンドを中心に開催された。
 第一部は第五回国民体育大会の予選会16競技が実施され、第二部として県民体育祭が5競技、第三部マスゲームの部として幼稚園児の遊戯、小学生のダンス、中学生の徒手体操、高校生の体操競技の実演が行なわれ、計三千六百人が参加した。
 その後、県体育大会は大会の内容の移り変わりにより県民総合体育大会にと発展していった。
 
【第五回全国レクリエーション大会高野山で開催】
 昭和26年8月2日から、高野山に三笠宮殿下(日本レクリエーション協会総裁)をお招きして開催された本大会に、全国都道府県からレクリエーション関係者が参集し、高野山内の宿坊や小学校で開催された。
 スポーツ・ゲームの紹介では、バレーボール、バドミントンのようなスポーツ種目の他に、リングテニス、クロケット、クロッケゴルフ、シャフルボード、ホースシューズ、ボーリングゲーム等が披露された。
 小学校庭で特設された演技場において、フォークダンスやスクエアダンスの他に、各県代表による民踊等が行なわれた。
 全体会議における演題と講師団は次のとおりであった。

 一、 国民保険とレクリエーション
           神戸大学教授    佐藤 宏
 一、 自然科学より見たレクリエーション
           大阪市立大学教授  三木 茂
 一、 国際協力とレクリエーション
           日本レクリエーション協会 常務理事  三隅達郎
 一、 労働とレクリエーション
           東京工業大学教授  塩谷宗雄
 
【第15回オリンピックに四名参加】

 昭和27年7月19日から8月4日までフィンランドの首都ヘルシンキで開催されたが、戦後始めて十六年振りの参加であった。
 本県出身者は、水泳競技の橋爪四郎、田村美佐子、青木政代、陸上競技の的場淳吉の計四名が参加した。千五百メートルの自由形に出場した橋爪選手はアメリカのコンノ選手に敗れ、惜しくも2位となった。
 
【和歌山県オリンピック後援会発足】

 昭和29年4月9日、オリンピック競技大会アジア大会等の日本を代表して参加する本県の選手に対して財的に援助することを目的として設立され、事務所が県教育庁内に設置された。
 募金事業としてオリンピック精神の普及及び国際スポーツの紹介を目的とする講演会、模範競技会、映画会、展覧会等の開催が企画された。
 役員は次のとおり
 
役 職 名 氏 名 ( 職 名 )
会長 小野真次(県知事)
副会長
 〃
平越孝一(県会議長)
西田郁平(県体育協会々長)
理事長 大橋正雄(副知事)
専務理事 福井栄一(県教育長)
 
 昭和35年のローマオリンピックに出場の高松好子、中坊昌美選手にはそれぞれ金三万円が送られ、同年10月の世界バレーボール選手権大会に出場の宮本恵美子選手(日紡貝塚)には一万円が激励金として送られた。
 後援会制度は東京オリンピック終了後に廃止され、県体育協会で海外派遣激励金制度が採用されることになった。
 
【西田会長が逝去】

 戦後の県体育協会の再発足に尽力された西田郁平会長は昭和31年8月11日になくなられ同年8月18日に和歌山市向之芝の綜合運動場において県体育協会葬が挙行された。
 第10回ロスアンゼルス大会、第11回ベルリン大会の両オリンピックの陸上、棒高とびに2回にわたって銀メダルを獲得した西田修平は西田会長の子息であり、県陸上競技協会の会長として昭和3年から昭和23年までの20年もの期間就任され、県下陸上界の生みの親としても大きな功績を残された。
 
【新会長に石川出が就任】

 西田郁平会長の逝去に伴い新会長の選任が行なわれたが、石川出、出来助三郎の両副会長のうちどちらが会長に選ばれるか注目されたが、昭和33年5月に石川出を会長に選任し、出来助三郎は顧問に就任した。
 石川会長は和歌山県バスケットボール協会の会長に、昭和21年からなっており、県体育協会が戦後の再建に当たっても尽力され、昭和22年4月から県体育協会の理事長、昭和28年6月から副会長に就任されていた。
 石川会長は協会の財政再建に積極的に取り組み、和歌山県体育協会賛助規程を新設し、意欲的に取り組まれたが、昭和38年6月会長を辞任されたものの以後も顧問として後輩の指導に当たられた。
 
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【和歌山県体育協会賛助規程】

 一、和歌山県体育協会の趣旨並びに事業に賛同し、毎年特別の経済的協力をする者をもって賛助会員とする。
 二、賛助会員の会費は左のとおりとする。
   個人 金壱千円  一口について一ヶ年間
   法人 金五千円       〃
   団体 金五千円       〃
 三、賛助会員には個人に会員章法人、団体には感謝状を贈呈する。
 四、賛助会員には県体育協会並びに各種目別協会が主催する大会その他の事業に招待する。
 五、本賛助規程の変更および会計報告は和歌山県体育協会規約によって行う。
 
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【大橋会長の就任】
 昭和38年5月、健康上の理由で石川出会長が辞任され、6月の理事会において軟式野球連盟会長であった大橋正雄副知事が就任した。
 昭和38年1月の県スポーツ振興審議会が国体の誘致をとりあげるなどスポーツ振興に向って積極的な活動が開始され、東京オリンピック大会を成功させる国民運動の推進と合流し、職場体育連盟の設立などスポーツの画期的振興策を次々と打ち出し、国体誘致の運動を展開した。
 大橋会長の新体制により県体育協会の規約を改正し、組織としては、スポーツ団体と地域(郡市単位)体育団体をもって会員とすることに改められた。また、終戦直後には大きな事業であった体育資材の需給斡旋の事業が削除された。
 第十六条として専門委員会を設置することが規定され、東京オリンピック、国民体育大会に備えて優秀選手の育成のため「和歌山県選手強化対策委員会」が設置された。
 和歌山県体育協会規約、和歌山県選手強化対策委員会規程、並びに委員名は次のとおり。
 
【和歌山県体育協会規約】
 (名称および事務所)
第一条 この会は和歌山県体育協会と称し、事務所を和歌山市内に置く。
 (目的)
第二条 この会は和歌山県のスポーツ振興および奨励ならびに施設の充実を促進するとともに、各加盟団体、近畿地区体育協会連絡協議会、日本体育協会との連絡を図るを目的とする。
 (事業)
第三条 この会は前条の目的を達成するために、左の事業を行う。
   1 県下スポーツ団体の指導および助成
   2 スポーツの啓蒙宣伝
   3 スポーツの指導ならびに奨励
   4 日本体育協会に和歌山県を代表して加盟する。
   5 競技会、研究会の開催
   6 本県代表選手および役員の選出派遣
   7 スポーツ施設の建設整備を促進する。
   8 その他この協会の目的達成に必要な事業
 (組織および加盟)
第四条 この会は県下の各種スポーツ団体および地域(郡市単位)体育団体をもって組織する。なお、本会の目的に賛同するものを賛助会員とすることが出来る。
第五条 この会に加盟しようとする団体および賛助会員は理事会の審議を経て決する。
 (役員)
第六条 この会は次の役員をおく。
    会  長
    副会長   若干名
    理事長
    常務理事  若干名
    理  事  若干名
    監  事  若干名
   前項に定めるもののほか顧問および参与若干名をおくことが出来る。
第七条 会長は理事会において選出する。会長はこの会を代表する。
第八条 副会長は理事会において選出する。副会長は会長を補佐し、会長事故ある時は、その職務を代行する。
第九条 理事長は理事の互選によりこれを定める。理事長は会長の命を受け、会務を執行する。
第十条 理事は加盟団体から、二名宛推薦する。右のほか、会長は学識経験者の中から理事会の推薦によって理事を委嘱することができる。
    常務理事は理事の互選により若干名を選出し、会長これを委嘱する。
第十一条 監事は理事会において選出し、会長これを委嘱する。監事は財務を監査する。
第十二条 顧問及び参与は理事会において選出し、会長これを委嘱する。顧問は会長の諮問に応じ、参与は理事会に出席し会務に参与する。
 (役員の任期)
第十三条 役員の任期は二年とする。但し再任を妨げない。役員は任期満了するも、後任者就任するまではその職務を行うものとする。補欠による役員はその残任期間を任期とする。
 (事務局)
第十四条 この会の事務を処理するため事務局をおく。職員の任命又は委嘱は会長がこれを行う。
 (会議)
第十五条 理事会は年二回の定例と臨時とする。いずれも会長これを招集し、議決は出席者の過半数をもって決定する。
    2 理事会は最高の議決機関であり、左の事項を決定する。
    (一) 本会運営の基本的事項
    (二) 予算の議決、決算の承認に関する事項
    (三) 諸規程の決定変更に関する事項
    (四) その他重要な事項
 (専門委員会)
第十六条 本会運営のため、必要に応じ理事会の議を経て専門委員会をおくことが出来る。
 (経理)
第十七条 この会の経費は、左に揚げるもので支弁する。
   (一) 会費
   (二) 補助金
   (三) 寄附金
   (四) 賛助会費
   (五) 事業収入
   (六) その他の収入
    但し、会費は別に定める規定によって徴収する。
第十八条 この会の会計年度は、毎年四月一日から翌年三月三十一日までとする。
 (規約の改正)
第十九条 この会の規約を改正しようをするときは理事の三分の二以上出席し、出席者の過半数の賛成を必要とする。但し、委任状提出は出席とみなす。

   附 則
 この規約は、昭和三十八年六月七日から施行する。
  
【和歌山県選手強化対策委員会規程】
 (名称および場所)
第一条  和歌山県体育協会は規約第十六条に基づき専門委員会として、和歌山県選手強化対策委員会を設置する。
第二条  本会の事務は和歌山県体育協会事務局が処理する。
 (目的および事業)
第三条  本会は東京オリンピック国民体育大会に備えて優秀選手の育成強化を図ることを目的とする。
第四条  本会は前条の目的を達成するため次の事業を行う。
   1 選手強化についての総合的万策の立案
   2 選手強化のための講習会、研究会、指導会への参加および開催
   3 選手強化に関する調査研究
   4 その他前条の目的を達成するために必要な事項
 (組織)
第五条  本会は和歌山県体育協会長から委嘱された委員をもって組織する。
 (役員および任期)
第六条  本会に次の役員を置く。
     委員長 一名    副委員長 若干名
第七条  本会の役員は、委員の互選により決する。
第八条  委員長は本会を代表し、会務を統括し、会議の議長となる。副委員長は委員長を補佐し委員長事故あるときは、その職務を代行する。
第九条  役員および委員の任期は二ヶ年とする。
 (会議)
第十条  本会の会議は必要に応じて委員長が招集する。
第十一条 本会の議事はすべて出席者の半数以上の同意をもって決定する。
   附 則
 この規程は昭和三十八年六月七日から施行する。
 
【和歌山県体育協会選手強化対策委員(昭和38年6月)】
 
役  名 氏  名 競 技 名
委員 中川 清 陸上
副委員長
  〃
野田聖太郎
田村 勇
高体連
体操
委員 家崎 満大
久保 良祐
木戸地 啓
吉田 英男
坂本 和夫
伊勢川弘行
西田 厚宏
栗本 義雄
砂子 寿弘
寒川 次郎
岩西 宏純
山田  進
石田 宗男
浜田 亀雄 
和歌山大学
体操
 〃
中体連
水泳
陸上
 〃
サッカー
柔道
バレーボール
ハンドボール
高体連
水泳
相撲
事務局 鈴間 孝造
林  静也
鶴田 宏次
 
 
【職場スポーツ懇話会の発足】
 昭和38年9月、オリンピック東京大会を成功させるための国民運動が展開されているなかで、和歌山県においては、職場スポーツの普及振興を図ることが必要ではないかということで、和歌山県体育協会が中心となり、県下の会社、事業所に呼びかけを行ない、「職場スポーツ懇話会」が結成された。
 住友金属を始め、県下の主な事業所から代表者が集まり、本県におけるスポーツ振興策について数回にわたり具体的な意見の交換がなされ、その中で総合した意見として「職場スポーツ団体」を組織し、自主的に職場スポーツ指導者の研修会や講習会を開催し、また、職場間におけるスポーツ競技会等を数多く開催するなど職場スポーツの普及振興
を計ろうという結論に達した。

懇話会メンバー(27事業所)
 住友金属、東亜燃料、富士興産、菅井化学、紀陽銀行、花王石鹸、富士家電、興紀相互銀行、浅川組、金星工業、関西電力、日出染工、丸善石油、大日日本電線、日東紡績、三菱電器、丸正百貨店、近鉄百貨店、大和紡績、笠野染工、電々公社、県庁、和歌山市役所、田端酒造、岡市染工、中村化学、南海電鉄
 
【和歌山県職場体育連盟の発足】
 職場スポーツ懇話会で準備を進められた「和歌山県職場体育連盟」発足の案内状は、昭和39年2月に、県下の官公庁、会社、事業所に配布し、会員を募集したところ、県下20社の加盟を得て、昭和39年2月17日、和歌山県経済センター大会議室において発会式が開催され、和歌山県職場体育連盟が誕生した。
 発会式には、元毎日新聞大阪本社運動部長でオリンピック強化委員をされていた南部忠平氏の特別講演を催すなど盛大にスタートした。
 
〈初代役員〉
役職名 氏名(職名)
顧問 小野真次(県知事)
会長 大橋正雄(県体協会長、副知事)
副会長
原田 芳(住金和歌山所長)
今納忠夫(日東紡海南工場長)
監事
山口孫一(紀陽銀行頭取)
藤原 健(和歌山市経済部長)
理事長 野村 実(住金安全厚生課副長)
事務局長 川口吉雄(県体協渉外部長)
 
〈初代会員〉
住友金属、東亜燃料、富士興産、丸善石油、花王石鹸、関西電力、大日日本電線、日東紡績、紀陽銀行、興紀相互銀行、菅井化学、金星工業、丸正百貨店、南海電鉄、浅川組、岡市染工、県庁、和歌山市役所、中野酒造、和歌山染工
 
【東京オリンピック大会開催】
第18回オリンピック東京大会は昭和39年10月10日、東京国立競技場で開会式が実施された。これに先立ち、聖火リレーが日本国内をリレーし、本県には9月26日、孝子峠で大阪から引きついだ聖火を27日真土峠で奈良県へ引きわたした。
 39年5月に聖火リレー実行委員会を結成、継走区間46区、走者一〇三五人を決定し、試走会で走者訓練を行ない、東京オリンピック県民運動として積極的に協力した。沿道には18万余の人々がその聖火を歓送迎した。
 競技会では、田辺高校出身の早田卓次選手が体操競技の団体総合と個人つり輪にそれぞれ優勝して二個の金メダルを獲得した。
 また、明和中、県和商高校出身の宮本恵美子(現寺山)選手は日紡貝塚の女子バレーボールチームの一員として活躍し、これまた金メダルを獲得して郷土のために万丈の気を吐いた。これら世界的な選手を多数輩出したことは、本県のスポーツ界に勇気と自信を強く与えたものといわなければならない。
 
【第一回県民総合体育大会始まる】
 副知事の大橋正雄が会長に就任以来、競技団体はもとより、地域体育協会の組織化が急速に進み、ここにおいて、県民を一丸とした県民総合体育大会を開催する気運が高まり、昭和40年8月29、30日、新装なった紀三井寺運動公園陸上競技場を主会場として、県下から二、五〇〇名の選手を集め、盛大に開催された。
 競技は8都市対抗競技10競技と公開競技が実施され、小野真次知事から贈呈された優勝旗を8郡市対抗競技で争奪することとなり、国体方式の採点方法が採用された。
 本大会がスポーツに対する県民の盛りあがりを見せ、黒潮国体成功への道を開き、県スポーツ界に歴史の一頁をつくったと言える。
 
【社会法人和歌山県体育協会の設立】
 昭和41年3月2日、県副知事室において「社団法人和歌山県体育協会設立発起人会」が開催され、設立発起人には県体育協会の副会長以上6名がなり、法人化に向けての事務を開始することになった。
 法人化の趣旨は、第26回国民体育大会開催に向けて、県体育協会自身の組織に確固たる位置ずけを持たせるためであった。
 また、当時、東京オリンピックを記念する「オリンピック記念スポーツ施設建設資金」が財団法人スポーツ振興資金財団を通じて、補助金として出されることになり、昭和41年度の補助金で「オリンピック記念和歌山県クレー射撃場」を建設する計画があった。
 そこで、補助金を受け入れることのできる法人格を持った団体となる必要もあり、早急に設立することになったものである。
 昭和41年3月19日に社団法人としての基本金が県体育協会から寄付されることになり、3月22日に県教育委員会あて、法人設立許可申請書を提出し、3月31日付けで社団法人の設立許可が下された。実に一ヶ月の超スピードで社団法人に早変わりした。法人化は全国都道府県の中では7番目の早さであった。(現在では兵庫県を除く全ての都道府県が法人格を持っている。)
 設立当初の役員及び定款は次のとおり。
 
【社団法人和歌山県体育協会定款】
   第一章  総則
第一条  この法人は、社団法人和歌山県体育協会と称する。
第二条  この法人は、事務所を和歌山市小松原通り一丁目一番地に置く。
   第二章  目的および事業
第三条  この法人は、和歌山県のスポーツ振興および奨励ならびに施設の充実を促進することを目的とする。
第四条  この法人は、前条の目的を達成するために次の事業を行なう。
  一、県下スポーツ団体の指導および助成
  二、スポーツの指導ならびに奨励
  三、スポーツに関する競技会、研究会の開催
  四、本県代表選手および役員の派遣
  五、スポーツ施設の建設、整備、促進、維持管理等必要な事業
  六、近畿各府県体育協会および財団法人日本体育協会との連絡を図る。
  七、和歌山県を代表して財団法人日本体育協会に加盟する。
  八、その他、前条の目的達成に必要な事業
   第三章  会員および組織
第五条  この法人は、県下の各種スポーツ団体および地域(郡市単位)体育団体を会員として組織する。
  2 この法人は第三条の目的に賛同するものを賛助会員にすることができる。
第六条  この法人の会員になろうとする者は、総会の議決を経て決する。
第七条  次に定めるところにより、会員および賛助会員は、会費を負担しなければならない。
     会員   年額一口  二,〇〇〇円以上
     賛助会員 年額一口  二,〇〇〇円以上
第八条  退会しようとする場合は、書面をもって会長に届け出なければならない。
  2 会員が次の各号の一に該当するときは、理事会および総会の議決を経て、会長がこれを除名することができる。
   一、会費を滞納したとき
   二、この法人の名誉を傷つけまたはこの法人の目的に反する行為があったとき。
   第四章  役員
第九条  この法人の役員は次のとおりとする。
     会長   一名
     副会長  若干名
     理事   十五名以上二十名以内(会長、副会長、理事長を含む)
     監事   三名
     評議員  若干名
第十条  会長及び副会長は総会で推挙する。
  2 理事および監事は総会の議決を経て選出し、会長がこれを委嘱する。
  3 理事長は理事の互選によりこれを選任する。
第十一条 評議員は、会員(加盟団体)から二名ずつ選出し、会長がこれを委嘱する。
  2 会長は必要があると認めたときは、学識経験者の中から理事会の推せんによって評議員を委嘱することができる。
第十二条 役員の任期は二年とする。ただし、再任を妨げない。
  2 補欠による役員の任期は前任者の残任期間とする。
  3 役員は、任期満了後も後任者が就任するまでその職務を行なう。
第十三条 会長は、この法人の業務を総理し、この法人を代表するとともに、理事会および総会の議長となる。
  2 副会長は、会長を補佐し、会長に事故があるときはその職務を代行する。
  3 理事長は、会長の命により会長、副会長を補佐し、理事会の決議に基づき、会務を掌理する。
  4 理事は、理事会を組織し、重要事項を審議する。
  5 監事は、民法第五十九条の職務を行なう。
第十四条 役員は無報酬とする。
第十五条 役員は、この法人の役員としてふさわしくない行為のあった場合、または特別の事情がある場合には、その任期中であっても、総会および理事会の決議により、会長がこれを解任することができる。
第十六条 この法人に、顧問若干名および参与若干名をおくことができる。
  2 顧問および参与は、総会の承認を経て会長がこれを委嘱する。
  3 顧問および参与は、会長および理事会の諮問に応じる。
第十七条 この法人の事務を処理するため事務局を置く。
  2 事務局に関する規定は、別に定める。
   第五章  会議
第十八条 この法人の総会は、各会員(加盟団体)代表二名(評議員という。以下同じ)によって構成する。
第十九条 通常総会は、毎年一回会計年度終了後二箇月以内に会長が招集する。
  2 臨時総会は、理事会の決議または、評議員の現在数の三分の一以内から会議の目
   的たる事項を示した請求のあったときは、臨時総会を招集しなければならない。
第二十条 総会の招集は、少くとも一週間前にその会議には付議すべき事項、日時、および場所を記載した書面をもって通知しなければならない。
第二十一条 総会は、定款に定める事項のほか、この法人の事業に関する重要事項を議決する。
第二十二条 総会は、評議員数の三分の一以上が出席しなければ議事を開き決議することができない。ただし、代理人又は書面をもってあらかじめ意志を表示した者は出席者とみなすが、議決権の行使はできないものとする。
   2 総会の議事は、この定款の定めがある場合を除くほか、出席者の過半数をもって決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
第二十三条 理事会は、必要のあるとき会長がこれを招集する。ただし、理事現在数の三分の一以上から会議の目的たる事項を示した請求のあったときは理事会を招集しなければならない。
   2 監事は理事会に出席し、その意見を述べることができる。
第二十四条 理事会は、理事現在数の三分の二以上出席しなければその議事を開き決議することができない。
   2 理事会の議事は、この定款に定める場合を除くほか、出席理事の過半数をもって決し、可否同数のときは議長の決するところによる。
第二十五条 総会および理事会の議事録は、議長が作成し、議長および出席者代表二名以上が署名押印の上これを保存する。
   第六章  資産および会計
第二十六条 この法人の資金は次のとおりとする。
     一 この法人の設立当初和歌山県体育協会の寄附にかかる別紙財産目録記載の財産
     二 会費
     三 事業に伴う収入
     四 寄附金品
     五 資産から生じる果実
     六 補助金(県費補助金、財団法人日本体育協会補助金、財団法人スポーツ資金財団補助金)
     七 その他の収入
第二十七条 この法人の資産を分けて基本財産の二種とする。
   2 基本財産は別紙財産目録のうち基本財産の部に記載する資産および将来基本財産に編入される資産で構成する。
   3 基本財産は、消費しまたは担保に供してはならない。ただし、この法人の事業遂行上やむを得ない理由があるときは、理事会および総会の議決を経かつ主務官庁の承認を経て処分することができる。
   4 運用財産は基本財産元本以外の財産とする。
   5 寄附金であって寄附者の指定あるものはその指定に従う。
第二十八条 この法人の基本財産のうち現金は確実な有価証券を購入するか、定期郵便貯金または、確実な信託銀行を経て定めた方法によって会長が管理する。
第二十九条 この法人の資産は、理事会および総会の議決を経て、定めた方法によって会長が管理する。
第三十条  この法人の事業遂行に要する費用は、会費、事業に伴う収入、資産から生ずる果実および補助金等の運用財産をもって支弁する。
第三十一条 この法人の事業計画およびこれに伴う収支予算は、毎会計年度開始前に会長が編成し、理事会および総会の議決を経て、主務官庁に届けなければならない。
   2 事業計画および収支予算を変更した場合も同様とする。
第三十二条 この法人の収支決算は、会計年度終了後二箇月以内に会長が作成し、財産目録および事業報告書とともに、監事の意見をつけ理事会および総会の承認を受けて主務官庁に報告しなければならない。
   2 この法人の収支決算に剰余金があるときは、理事会および総会の承認を受けて、その一部もしくは全部を基本財産に編入し、または翌年度に繰延するものとする。
第三十三条 この法人の会計年度は、毎年四月一日に始まり翌年三月三十一日に終る。
   第七章  専門委員会
第三十四条 この法人は、必要に応じ理事会の議決を経て専門委員会を設けることができる。
   第八章  定款の変更ならびに解散
第三十五条 この定款の変更は、理事会および総会においておのおの四分の三以上の議決を経、かつ主務官庁の許可を受けなければならない。
第三十六条 この法人の解散は、理事会および総会において、おのおの四分の三以上の議決を経、かつ主務官庁の許可を受けなければならない。
第三十七条 この法人の解散に伴う残余財産は、理事会および総会においておのおの四分の三以上の議決を経、かつ主務官庁の許可を受けて、この法人の目的に類似する目的を有する公益事業に寄付するものとする。
   第九章  補則
第三十八条 この定款施行についての細則は、理事会の議決を経て定める。
   第十章  附則
第三十九条 この法人の当初における役員は、第十条にかかわらず発起人協議の上委嘱することができる。
   2 この法人の設立当初の役員は次のとおりとする。ただし当初役員の任期は第十二条の任期の規定にかかわらず昭和四十一年三月三十一日までとする
 
会 長 大橋 正雄
副会長
 〃
 〃
 〃
 〃 中村 常夫
室谷 文男
神前 美津男
福井 栄一
井本 誓順
理事長 藤田 利雄
理事
 〃
 〃
 〃
 〃
 〃
 〃
 〃 中川  清
奥野 清一
久保 良祐
野村  実
増田 耕造
三宅 喬史
堅田 哲生
野田聖太郎
監事
 〃
 〃 井上驍三郎
葉糸 正昭
仙石 光重
設立代表者 大橋 正雄
 
【社団法人和歌山県体育協会初代役員】
(昭和41年3月31日)
会長 大橋 正雄(副知事)
副会長



中村 常夫(ハンドボール協会長)
室谷 文男(学識経験者)
神前美津男(相撲連盟副会長)
福井 栄一(高体連会長)
井本 誓順(陸上競技協会長)
理事長 藤田 利雄(県保健体育課長)
理事






中川  清(陸上競技協会長)
奥野 清一(軟式野球連盟理事長)
久保 良祐(体操協会)
野村  実(職体連)
増田 耕造(バレーボール協会)
三宅 喬史(中体連)
堅田 哲生(田辺市体育連盟会長)
野田聖太郎(高体連)
監事

井上驍太郎(ラグビー協会長)
葉糸 正昭(相撲連盟)
仙石 光重(スキー連盟)
評議員








































































岩橋 将夫(陸上競技協会)
中川  清(  〃   )
久保 良祐(体操協会)
中島 徳隆( 〃  )
梅本 泰造(水泳連盟)
滋幸 嘉一( 〃  )
増田 耕造(バレーボール協会)
汐崎  照(    〃   )
葉糸 正昭(相撲連盟)
松本 源蔵( 〃  )
中西 喬一(ソフトボール協会)
下川 吉代(   〃    )
鈴木 雄三(弓道連盟)
梅村 善行( 〃  )
結城 利徳(バスケットボール協会)
西山  勝(    〃     )
砂子 寿弘(柔道連盟)
湯川 嘉一( 〃  )
那須 純一(卓球協会)
上山陽一郎(バドミントン協会)
岡本  亮(和歌山市体育協会)
山崎 良和(   〃    )
柏木  毅(西牟婁郡体育協会)
赤井 忠夫(伊都地方体育協会)
守岡 政照(   〃    )
武本  勇(海南市体育協会)
山田  勉(   〃   )
野村  実(職体連)
久  昭三(自転車競技連盟)
中村 宣己(軟式庭球連盟)
田中富太郎(  〃   )
寺内 哲雄(銃剣道連盟)
辻本 収一(  〃  )
出来 良造(クレー射撃協会)
阿佐利重治(空手道連盟)
吹田  務(  〃  )
東山健之助(剣道連盟)
安村  平( 〃  )
井上驍太郎(ラグビー協会)
谷井  博(  〃   )
永広 利之(  〃   )
東  俊男(山岳連盟)
熊本 哲三( 〃  )
柳川和一郎(庭球協会)
松下 能純( 〃  )
栗本 義雄(蹴球協会)
宮田 賢三( 〃  )
岩西 宏純(ハンドボール協会)
山田  進(   〃    )
森川幸四郎(田辺市体育連盟)
曾我部玄雄(  〃    )
山田  修(重量挙協会)
成瀬  修(硬式野球連盟)
谷口 治美(  〃   )
草田  清(ホッケー協会)
南  佐三(  〃   )
高橋 征夫(レスリング協会)
岡本  保(   〃   )
三宅 喬史(中体連)
築野秀太郎(ライフル射撃協会)
宮本  操(軟式野球連盟)
奥野 清一(  〃   )
川島 康彦(ヨット協会)
慈幸 孝夫(  〃  )
仙石 光重(スキー連盟)
福島 薫静(  〃  )
五十嵐 章(ボクシング連盟)
米井 敏市(   〃   )
辻井 忠次(県高体連)
野田聖太郎( 〃  )
宮本 慶次(漕艇協会)
林  正之( 〃  )
金川米次郎(有田市体育協会)
中本 忠夫(   〃   )
 
【新理事長に戸村敏雄保健体育課長が就任】
 昭和38年6月から県教育庁保健体育課長であり、県体育協会理事長であった藤田利雄氏が昭和42年2月に福岡県に転出し、変って、昭和42年4月に文部省から戸村敏雄氏を保健体育課長に迎え、同年5月から県体育協会理事長に就任した。
戸村理事長は昭和6年12月生まれで36才の若さで和歌山県に抜てきされ、来る第36回国民体育大会の成功に向けて活躍され、黒潮国体の優勝と本県のスポーツ振興に大きく貢献された。
そして、昭和51年10月までの9年半の長期間和歌山県に在職され、現在は文部省体育局のスポーツ課長の要職に就かれている。
 
【田辺市に南紀青少年スポーツセンター建設】

 東京オリンピック(昭和39年)を契機として、国民のスポーツに対する関心が一段とたかまり、−観るスポーツから行うスポーツへ−日常生活の中でスポーツの効用が強く認識されるに至った。
 財団法人日本体育協会では、国民総スポーツの普及振興と競技力向上を二大目標として強力に推進することとし、地域スポーツの普及振興の場として全国9ブロックに宿泊施設の伴ったスポーツセンターづくりを計画、各界の協力と援助により積極的に取り組むこととなった。
 南紀青少年スポーツセンターは、山梨県の本栖湖センター、大分県の湯布院センターにつづいて3番目に当り、昭和41年10月に着工以来3年半の才月をかけ、昭和44年2月に完成した。前面を芳養湾を中心とする変化に富んだ海岸線を望み、背後には竜神熊野山系の緑したたる景観をひかえ、温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、スポーツにふさわしい好位置を占めている。
 用地は田辺市が寄附し、和歌山県開発公社が海抜30〜40メートルの山を切り崩して造成し、施設建設費は財団法人日本般船振興会と財団法人スポーツ振興資金財団の補助金を財源としている。
 開所式は昭和44年4月20日に、常陸宮・同妃殿下をお迎えし、関係者や地元の人たち約二百人が列席して新装なったセンターの前途を祝い、両殿下がご一緒にオガタマの木2本を記念植樹された。
 また、昭和44年度の第5回県民総合体育大会も当スポーツセンターを主会場として実施するなど、紀南に於けるスポーツの中心となり、県下のスポーツ振興にも大きな役割を果している。


【公益社団法人和歌山県体育協会定款】(平成24年4月1日)